神楽の本屋台には獅子頭が載るが、
獅子舞はなく、
優雅で繊細な音律の神楽獅子を聞かせる。
本屋台の大小二つの太鼓と笛の囃子で道行きし、
神社や各区の本陣では、
前屋台の二つの小太鼓と笛の囃子を奉納する。
江戸時代の祇園祭礼の頃から
中西町(現 鹿島区)の「神楽太鼓」として出ており、
他の4区も鹿島区から伝習したといわれている。
神楽
2016年出陣
鹿島区 明治七年町名改正により旧中西町・福岡町・富田町・八幡小路の一部が合併し鹿島区となった。現在では、町並み資料館。花水木(ハナミズキ・元第2保育園)=農産物販売と一休み。地蔵のお堂(2カ所)。人情あふれる静かな区です。
 宮津から敦賀に至る基幹街道「旧丹後街道」の町並みが続き、放生祭当日には、 
軒先の提灯が灯りその風情は格別です。
2016年出陣
白鬚区 大蔵小路・塩浜小路・松寺小路・新町が合併して、明治 7年に白鬚となった。                                           
小浜線の開通で駅通りに商店が増えてきて商店街になり始めると、白鬚がその中心的立場となり、昭和の初めのころから「小浜京極」と銘打った商店街に発展し、大正より昭和にかけて文字通り小浜第一の商店街になった。現在では、広い空地であり、旭座や商業棟の建設が始まり、「まちの駅」としてこれからの発展が期待される。
白鳥区 白鳥区には、平成 9年に文化庁の登録有形文化財に指定された建物があります。この建物は明治 22年(1889年)に小浜藩の御典医を務めた桑村謙庵氏が火災に強い土蔵造りの建物を建て、薬品の製造販売の店舗として使用していました。特徴は開口部周りや壁面の一部にレンガが使われていて、特に、玄関と窓の上部にはア^チ型にレンガを配しているところです。現在は白鳥会館として区の行事をはじめ放生祭の稽古や本陣に使用しています。
神田区 明治 7年広小路町・今町・薬師小路の一部が合併して神田区となった。今の神田区の中央には広い道 臨港線が通っていますが、その下は堀になっていて水が流れています。昭和 51年から 7年間の工事で堀にフタをして道路が出来ました。そもそもこの堀は、江戸時代後期、今から 150年位前に出来たのですが、当時小浜の町は大火が続いた為、延焼を防ぐ目的で土蔵等を撤去させ、伏原より水を引いて堀が造られました。この堀川は、別名新川と言い、子供にとっては格好の遊び場であったが、今では想像もつかない。 
津島区 津島区は江戸時代の中頃から大正の頃まで北前船で大賑わいだった。廻船問屋や造船所が軒を連ね川岸なは土蔵が建ち並んでいた。今でもその名残があります。
昭和の時代には魚市場(現チャンネルO)があり活況に溢れていた。今はその当時から利用されていた湧水が「津島名水」として福井県のおいしい水に認定されている。
かわそさん(六月祓神社)は、多賀区と共に祭礼が執り行われ例祭前後には「ヨーシタ」の掛け声とともに神様を送り迎えをしている。