区のみどころ

男山区には、祭禮の中心で旧市街の氏神様を祀っている八幡神社があります。

また、八幡神社の西隣には、小浜藩主酒井家の菩提寺である「空印寺」があり、 歴代藩主の立派な墓所が鎮座しております。その敷地内には、人魚伝説の聖地「八百比丘尼入定洞」があります。モノのホンによりますと、全国には人魚の肉を食して不老不死を得た比丘尼の伝説があまたありますが、そのいずれもが、比丘尼の終焉の地を若狭小浜の男山の空印寺であるとしているそうです。夏でもひんやり涼しい入定洞、訪れてみてはいかがですか?

出し物の由来

『明治28年男山区獅子舞由良行記より』

明治28年、月は不詳三方郡佐柿村住人、獅子頭三個と太鼓三個とを持来り、藤井甚吉氏へ買入方を申出たるにより、同氏より本区々長へ該獅子を買受氏神例祭の出し物としては如何にとの事に付、早速区内役員会を催し相談致し候処、協議の結果各位満場一致を以て買入れ祭礼の出し物に使用することに致したるを以て、代金参円八十五銭にて買入たり。其後右獅子演舞及笛等を習ふに付ては僥倖にして、区内に旧藩士の武久釘五郎氏居住致し居られたるに付、伝習方を御依頼せし処、斯る御希望のある事なれば喜んで及ばす乍ら自分の心得たる丈は伝習するとの事に付、各区民へ相談を遂げたるに依り、同年11月日不詳森田宅に於て獅子太鼓打ちの稽古を開始せり。(役員名省略)

小浜鉄道布設の祝賀会の際、明治34年4月11日、12日の両日間祝意を表す為、本区出し物として獅子頭を付け道引の笛を吹き、市街全部を廻ったのが本区獅子の

出し物のみどころ

明治34年11月15日酒井家より哀紋の井筒の使用を唯一許され、先帝陛下(皇太子殿下御当時)明治42年9月20日北陛行幸啓の際、福井市松平候爵邸において台覧の光栄を賜ったという歴史があります。

区内の八幡神社の境内には能舞台があり、祭りの稽古はその能舞台をお借りして連日連夜行っております。祭禮当日の宮入りも八幡神社の能舞台で演技を披露いたしますので、区民は「兵庫県大会を甲子園でやってるようなものだ」と称しております。

演技は道引から始まり、門掛り、渡り拍子、神楽拍子、つくばいから構成され、老獅子(白)、女獅子(赤)、若獅子(黒)の恋の物語を表しています。笛の音と唄(詩)に合わせて舞っている3匹の獅子の物語を是非ともお楽しみ下さい。

私と放生祭

針田結良(10歳)小浜小学校5年生

私は、ここにひっこしてきてからずっと放生祭を見てきました。そして 2年生からずっとししをまってきました。そうして、私の 1年の行事の一つとして放生祭を見たりしてきました。また、山車の上に乗っているのを見て「いいなぁー」と思ったりしていました。

放生祭で出番じゃない時は、ふつうに屋台で遊んでいてもたまに「ししをまいたいなぁー」と思うことがあったし、出番になったら「ししの頭重いし、きついからいやー」て思ったりして、やりたいのか、やりたくないのか分からなかったりいあたこともありました。

でも、しっかりやらなきゃいけないことに立ちむかっていこうと思います。そして、私は、今年は出番でないのですが来年「つくばい」と言うのもやるかのう性があるので、その「つくばい」もがんばっていきたいです。

父によく言われる「ししは心でまう」と言うのも大切にしていきたいと思っています。

男山区