区のみどころ

白鳥区には、平成 9年に文化庁の登録有形文化財に指定された建物があります。この建物は明治 22年(1889年)に小浜藩の御典医を務めた桑村謙庵氏が火災に強い土蔵造りの建物を建て、薬品の製造販売の店舗として使用していました。特徴は開口部周りや壁面の一部にレンガが使われていて、特に、玄関と窓の上部にはア^チ型にレンガを配しているところです。現在は白鳥会館として区の行事をはじめ放生祭の稽古や本陣に使用しています。

出し物の由来

白鳥区の神楽は鹿島区より伝授をうけて、明治 40年(1907年)に初めて放生祭に神楽の出し物を奉納しております。依頼、108年の永きにわたり神楽囃子の笛と太鼓の芸を引き継いできました。そこには多くの先輩方の熱意と努力があったことと思います。ここ数年、各区共通の問題点に人出不足挙げられています。我が白鳥区においても青壮年はもとより、特に子供の人数が少なく、現在小学生は男女合わせてわずか 5人です。しかし、今後も途絶えることなく大切に祭を継承していかなければなりません。小浜町衆の知恵と努力で必ずやこれから先も受け継がれていくことと思います。

出し物のみどころ

白鳥神楽の囃子には、八幡神社や各区の本陣等で前屋台と後屋台を据えて奉納する「三輪」と「津島」という曲があります。他に巡行中に歩きながら披露する「吉田」や「掛け合」など全部で 10曲あります。その中には山車の囃子と曲名やメロディーに共通したものが幾つかあります。しかし、山車の囃子にに比べ、神楽の曲はゆっくりとしたテンポで撥さばきも繊細で優雅であります。しかし、八幡神社へ”お宮入り”する時や白鳥区の本陣へ帰って来る時は「攻め」という曲で神楽囃子の中では一番早いテンポで大小二つの太鼓を打ち込んでいきます。太鼓の芸人さんの腕の見せ所です。囃子の芸はもちろんのこと屋台も立派にしたいと平成 元年には後屋台の見送り幕(胴巻き)をそれまでの赤色の無地から白鳥神楽の紋である千鳥をか形どった刺繍入りを新調しました。又、平成 17年には後屋台の屋根や柱の塗に損傷が目立ってきた為、屋台全体を塗り替える大修理を行いました。

白鳥区