区のみどころ

広峰区は、明治 7年に和泉町と川縁町それに松寺小路の一部が合併したものです。日本遺産第 1弾に認定された鯖街道の起点でもあり、鯖街道資料館などがあります。若狭名物の焼鯖やへしこ、新鮮な海の幸を販売するお店が立ち並び、観光シーズンや放生祭の際は多くのお客様で賑わっています。

出し物の由来

和泉町は、江戸時代の祇園祭礼に「汐汲」「花車」「山路」「牛車」「楽人」「力持」など

年代ごとに、趣向を変えて様々な練子を出していた記録があります。「巴山」という山車を出していた時期もあったようです。

川縁町も「富樫」「頼光山入」「大江山入」などの練子を出していた記録があります。

広峰区になってから昭和 28年に住吉区から大太鼓を習い、これを放生祭に 50年以上奉納しています。

出し物のみどころ

広峰区大太鼓は、棒振り太鼓や、だんじり崩しなどの大人の曲打や、子供の曲打など十数曲があり、力太鼓と華麗な太鼓が見ものです。

小学 2年生以下の子供は、かぶる編み笠の上に特有の笠飾り(おさるさん)を付け、

腰さげを付けて太鼓を打ちますが、そのしぐさがことのほか可愛らしく、見物人からは大きな拍手がよせられます。

また、豪快に棒を振り、太鼓に合わせて宙に舞う大太鼓の人気の花形である棒振りも見ものです。2日間の巡行の間に、他の区の大太鼓とすれ違いの際、太鼓の脊を合わせて 3分~5分の間 太鼓を打ち鳴らす「打ち合い」も見所の一つです。

私と放生祭

杉谷長啓(42歳)

放生祭は、小浜八幡神社のお祭りで、300年以上の歴史があり、そのお祭りに参加させて頂くことは歴史の 1ページに自分の名前が刻まれるということであり、氏子としても非常に名誉なことです。その思いは他区の皆様も同じでしょう。

しかし、ただその 1つの理由だけでこのお祭りが時代を越えて地元住民に愛されているのでしょうか。

私は、放生祭というのは地域と世代間のコミュニティであると思っています。当たり前の事ですが、お祭りに出るには稽古と準備が必要です。区内の子供から大人まで稽古期間中ほぼ毎日顔をあわせ「お祭り」という共通のテーマで話をする。先輩からはお祭りに関する作法や行儀を教えて頂く、親ほどの世代の師匠方とお酒を飲む、よそよそしかった中高生が自ら進んで挨拶をしてくれます。自分も年配の方に躊躇せずに声を掛けられるようになりました。この様なことは、放生祭の稽古以外他にありません。

人と人との繋がりが希薄になってきている今日だからこそ、放生祭の持つ「地域住民のコミュニケーションの場」としての性質を守って、次代に繋げていく努力が必要だと感じます。

広峰区