区のみどころ

我が家の前、鵜羽小路が拡幅されて10年になります。都市計画道路「小浜縦貫線」小浜住吉-小浜酒井区間の東西237㍍の区間で、幅6~7㍍の県道を16㍍に拡幅整備しました。家屋の後退を迫られた住民たちは協定を結び、江戸末期風の町並み、旧城下町をしのばせる和風の外壁や屋根に家々を統一しました。観光客が歩いて楽しめる一角となっています。

出し物の由来

我が区は、明治初頭から男山の八幡神社、放生祭に大太鼓を奉納するとともに旧小浜町内を巡行しています。

それ以前は千種の廣嶺神社の6月14日の祭礼、祇園祭礼(後祭)の練物行列に上(うわ)小路(鵜羽小路)の傘鉾、棒振、大太鼓を出していました。

江戸初頭、17世紀からこの廣嶺神社の祭礼に出ていますが、寛文11(1671)年と延宝7(1679)年に笠鉾(現在の傘鉾)を出していたといった記録があります。

文政年間(1818~1830)に描かれた「広嶺神社祭礼絵巻」(小浜祇園祭礼絵巻)では、練物の先頭に鵜羽小路の傘鉾、棒振、大太鼓が描かれています。

現在でも、祭礼当日はくじ取らずで、一番に大太鼓を奉納しています。

出し物のみどころ

我が区の大太鼓は、棒振の演者と太鼓の打ち手が一体となる棒振大太鼓や巫女の舞、親獅子、児獅子など十数曲の曲があります。いずれも勇壮な中に典雅さのあるものです。

太鼓面に向かって右足を踏み込んで(引かずに)打つのが特徴で、巡行の際、円滑かつ自然に打つことができるとともに細かい技巧が可能になります。

例えば、刻み打ちという技法、ブクブクブクブクブクブクブクブク(ブは右でクは左で打つ。)・・・(鉦でチャーンチャーンチャンチャンチャンの6回繰り返し。最弱から始めて次第に強く打つ。)は技の見せどころの1つです。

これは、バイ(太鼓を打つ撥、棒)さばきがうまくないとからっとした音とはならず、聞く者に感銘を与えることはできません。特に、バイ離れ(打つだけではなくすばやくバイを引く。)を綺麗にすることにより軽快でより流麗な響きとなります。

このように、リズムと強弱の調和した品のある技が最大の見どころと言えます。

私の放生祭

川瀬新一(62歳) 

先日(7月19日)、福井県立若狭歴史博物館で「「小浜祇園祭礼絵巻」を読む」という講座がありました。講演者は同館副館長の垣東敏博氏です。

この小浜祇園祭礼絵巻という名称は、小浜市指定有形民俗文化財「広嶺神社祭礼絵巻」で描かれているものをより的確に表す名称として用いられています。

この講演の中で、垣東氏はこの絵巻に出てくる鵜羽小路の傘鉾、棒振、大太鼓と現在の住吉区の大太鼓との関連を語られました。この絵巻に描かれているものが多少現状とは違いはあるものの現在の我が区の大太鼓の原形であることは確かです。

こうした記録などから、今の我が区の大太鼓が400年の伝統を受け継いでいることがわかります。

私は3歳からこの太鼓に出ていますが、技量はまだまだです。でも、自分らしい太鼓を打ち、この伝統(傘鉾、棒振、大太鼓)を継承していきたいと願っています。あの傘鉾の頂点にある金鶏の輝きは何とも言えません。

住吉区