区のみどころ

小浜の町のほぼ中央に位置し、マーメイドテラスや海岸道路にも接し海水浴場もある。また、車で国道27号からJR小浜線を一跨ぎすれば到着する。

区内には、厳島神社(通称・弁天さん)があり、毎年7月に例祭が行われる。近年、マーメイドテラスの横には、市営駐車場が設けられ利便性にも恵まれた風光明媚で人情あふれる区である。

出し物のみどころ

この演舞は、二頭の雄獅子(白老獅子、黒若獅子)が、一頭の雌獅子(赤・女)を、我が物としようと争うが最後は、仲直りして三頭が仲睦まじく揃って舞い終わるという筋書きである。三獅子相混して技を演じ、太鼓・笛・歌を交えてその勢いを助ける。

舞い方三名が序・破・急の三段に約一時間半の一庭を舞いおさめるもの。しかし、現在は、これを小切りにして一部を舞っている。最近では、子供の舞い方に女の子も入り、獅子舞を伝承している。

行列は、先頭に警護、獅子追(子供)、笛方、白・赤・黒の獅子、獅子後見人(歌方)の配列で巡行する。

演技は、老(白)・女(赤)・若(黒)三頭の獅子が舞・太鼓・笛・歌のすべてが気を合わせて演じている。太鼓のたたき方、笛の吹き方の強弱により、迫力あろ音や響きをお楽しみいただけます。我が区は、「つくばい」という演目で三頭が座って演じるのが得意であると自認している。

出し物の由来

町名改正(明治7年)以前は、今町31戸、薬師小路23戸、達磨小路67戸で成り立っており、寛文、延宝年間は鵜遣いを出しているが、安政5年の記録には、今町ー逆櫓、石屋小路ー五人男、薬師小路ー四季の花に変わっている。

現在の獅子舞については、旧領主酒井家先代忠勝公が川越在城中深くこの舞を愛され、寛永年中国替えの祭、当地召し連れて演技者30余名を関東組とした。関東組の獅子舞を男山区が習い、明治43年小浜町日吉区は男山区より獅子舞を伝習した。当区は、その時に青年会を組織し熱心な稽古により現在に至っている。

私と放生祭

川村一郎(59歳)

私の今年の役柄は警護です。一番最初に出たのは幼少期で獅子追いをしました。

最近は、小学4年生ぐらいでも舞方で出してもらっていますが、私の小学生の時は、小学生が多く6年生の時にようやく舞方で出してもらいました。勿論、舞方は、男の子だけでした。30年前頃から男の子が少ない時は、女の子にも出てもらいました。

近年は、子供が少なくなって外孫とか、以前日吉区に在住された方の子供さんとかに協力してもらってどうにか持ちこたえております。

放生祭は、2日間ありますが、私どもの出番の年で2日間とも雨の降らない年は最近ほとんどないようです。子ども達にとって、頑張って練習してきて、本日(ほんび)になって雨のため巡行できないのはかわいそうですね。

若いころは、少々雨が降ってもカッパ着てでも巡行したらいいじゃないかと思っていましたが、この年なったら、衣装が心配になり、昔の上司の気持ちが分かるようになってきました。とにかく、雨の降らない本日になって欲しいです。

日吉区