区のみどころ

明治 7年広小路町・今町・薬師小路の一部が合併して神田区となった。今の神田区の中央には広い道 臨港線が通っていますが、その下は堀になっていて水が流れています。昭和 51年から 7年間の工事で堀にフタをして道路が出来ました。そもそもこの堀は、江戸時代後期、今から 150年位前に出来たのですが、当時小浜の町は大火が続いた為、延焼を防ぐ目的で土蔵等を撤去させ、伏原より水を引いて堀が造られました。この堀川は、別名新川と言い、子供にとっては格好の遊び場であったが、今では想像もつかない。

出し物の由来

かっての放生祭は、「山はやし」が出ていましたが、明治 42年鹿島区を師匠として神楽囃子を伝授しました。当時の区民の皆様による苦慮の末、白木造りで新調された。大正 12年に前屋形、本屋形とも本漆塗りが施され、金具も新調されました。

昭和43年に当初の担ぎ屋形から台車引き屋形改造されました。平成 27年 3月に屋形の本漆塗り替えによる全体修復事業が 92年ぶりの「平成の大修理」と成り、すばらしい前屋形・本屋形に蘇りました。

出し物のみどころ

小浜藩祖酒井忠勝公が川越藩から編木獅子とともに伝えられたとされる神楽太鼓の伝統と品格をいまに引き継いでいます。神田神楽は、妙麗なる調べ、品位ある囃子は祭の曳き物で最も人気を集めている。

囃子でも特に「三輪」、「名月」、「らんてき」は、難曲ではありますが、雑踏の中にあっても人々を立ち止まらせ、心静かに見て、聴いてもらえる秀作であります。

神田区